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寧都雑感:奈良観仏記(その一)


元号が昭和から平成へと変わった年の秋、筆者は奈良へ一人旅をしたことがあった。目的は仏像を見ることだった。和辻哲郎の古典的著作「古都巡礼」を懐にしながら、古寺の内陣の奥に保存されている仏像たちを一つひとつ訪ね歩いては、その魅力を肌で感じとったものである。その折の体験がもとになって、日本の美の伝統について、筆者なりの見方を模索してきた。

最近、その結果というか、日本の伝統的な美術についての筆者なりの見方を、このブログを舞台に展開している。先日は飛鳥・白鳳時代の美術についての部分を終え、これから先は天平時代の美術に移る予定であるが、それに先立って、先年の奈良旅行に際してしたためた印象記を紹介しておこうと思う。

これは、毎日の見物を終えたあと、ホテルの部屋の中で書き綴った日記がもとになったものだ。とりあえず、「寧都雑感」と名づけてみた。


平成元年十月十九日(木)今年は二度にわたり子づれ旅行を試みしが、秋風の吹き始むる頃より旅情またまた止みがたく、今度は一人旅せんとて家を出づ。旅先は奈良。四日ばかりかけて歴史探訪に耽らんとの魂胆なり。午前九時、東京駅より新幹線に乗り込む。予約したる席に至れば、既に先客の座りをるを見て驚く。東南アジア系の男女なり。切符を拝見するに、余のものと全く同じ番号なれど、よく見れば日付に一月の相違あり。どうやら、切符を買ふ際言語十分に通ぜざりしが如く、違ふ日付のものを買ひしやうなり。聞けば京都まで観光旅行に行くなりといふ。車掌を呼んで事情を話し、彼らのために別に席を確保せしむ。

東京を出るころ曇りがちなりし空は、名古屋辺より雨模様となる。京都にて近鉄特急に乗換へ、奈良に到着したるは十二時半。駅近くの東向通りなるアーケード街にて昼餉を喫し、雨中、奈良公園に向かって歩く。まず手始めに国立博物館に入り、次いで興福寺を見物。博物館へは、奈良美術の流れを概観せんとて入りたるなれど、建物狭く、陳列物も予想以上に少なく、かつあまり古きものも見当たらず。期待を裏切られたる気分になる。ただ一つ印象に残りしは、名古屋のある寺の蔵になるという巨大仁王像なり。筋骨隆々覇気凛々として、子どもらが見たら怖がりそうな雰囲気のものなり。

興福寺にて東金堂と国宝館を見る。いづれも中々の迫力あり。如来像は皆比較的新しい時代のものばかりなりしが、諸天、眷属の像の類には古い時代のものもいくつかあり。最も印象深かりしは仁王・邪気の像なり。事前の目的の中心は如来なりしが、これは又いかなることか。我ながら不思慮な目の付け方といふべし。

五時過、猿沢池の近くなるホテル、サンルートに投ず。朝鮮人の姿多し。疲労甚だしきにつき、半時ばかり休養を取りて後、町中へ出る。飲屋を探せしがそれらしきもの中々見つからず。とある割烹料理屋を見つけて入る。料理口に合はず。魚介痩せ、茶碗蒸しに至っては、恰も和風スープを飲むが如くなり。帰途猿沢池畔の土産店街を過るに、修学旅行の小学生蝟集して土産を求むるところに出会ふ。この日は、京都駅に降りて以来、至る所修学旅行の団体を目にせり。彼らの一人一人に声をかけるに、僕は愛知県から来ました、わたしは広島県から来ました、と元気良く答ふ。この外に或は岐阜県、或は兵庫県といふ具合に関西一円より汎ねく来れるものの如し。その姿の愛らしき様をみて、思はず、我が子らのことを思ひ出しぬ。

  (旅先雑感)
  旅路にて幼な子騒ぐ群れ見れば思ひは馳する我が宿の方

この子どもらとともにあれこれ土産の品を物色し、幾品か求めて後、八時頃宿へ戻る。


 十月二十日(金)晴。七時前に起床し、ホテル内にて朝餉を喫して後、まず法隆寺を訪ふ。JR奈良駅前よりバスに乗り、揺らるること一時間程にて南門前松並木の取りつきに至る。並木の入口に立つ碑銘を見るに、聖徳宗総本山法隆寺とあり。かかる宗派のかつてありしやと首を傾げながら、並木道を通り、中門を潜って西院の中へ入る。境内小学生びっしりと蝟集し大歓声を上ぐ。修学旅行やら遠足やらの子どもたちなり。この連中に押されながらでは落ちついて見てゐられぬべしと観念しつつ、一つ一つ見物して歩く。金堂は囲ひの網が邪魔になり内部を良く見ることを得ず。とりわけ期待しをりし壁画は暗くて良く判別できず。パンフレットの写真と想像力を以て補ふ。これに比すれば、宝蔵殿の方は一体一体よく見ることを得る。最も印象の強かりしは百済観音にて、かかる木造の華奢な像がよく千数百年の風雪に耐へしものよと感心す。この像に限らず、この寺の像は大部分木造にて、この国の木の文化の根深さを改めて感じ取りたり。時に上空を見上ぐれば、紺碧の空抜けるが如く、白雲の緩き流れに時の悠久を感ず。

  (斑鳩の空を見て)
  斑鳩の空青みたり古の空の青みぞ我独り立つ
  風も空も塔も仏も変はらねど人の身我は老ゆるを如何せん

ついで夢殿、中宮寺を見る。夢殿の救世観音は見ることを得ざりしが、中宮寺の半跏思惟像には思ひの外大きな姿に強く印象づけらる。この像写真に見るかぎり、人をして小仏ならんとの印象を抱かしむるなり。しかるに間直に見れば、小柄な女ほどの大きさなり。これとは逆に、想像しをりしに比し実物の遙かに小さかりしは九面観音なり。これは、頭部を大写しにせる写真などからは、随分大きな仏ならんといふ気持を抱かせるものなれど、実際は一尺余りの、掌にでも乗りさうな様子なり。さはれ、いづれの仏も威厳に満ちたり。

  (半跏思惟像を見て)
  はるかなる時空を超えて出でたまふ尊とかりけりみ仏の微笑

中宮寺を出でしは一時頃なりき。付近の茶店にてうどんを食ひ、そのあと法輪寺、法起寺、慈光院の順に巡り歩く。木犀の香漂ふ道々、収穫を待つ稲田広がり、畦道のそこかしこには、これも実の熟せる柿の木何本も連なりたり。青々たる空の下気持良き眺めなり。

  (斑鳩の里)
  木犀のにほへる里をひとり行けば稲穂黄金なす古思はゆ

法輪寺にて、法隆寺の百済観音とよく似た像を見る。ガイドの説明によれば、これは、長頭、痩身、撫肩、薄胸といふ特徴がしかく感ぜしむるにて、飛鳥期の仏像に共通する手法なる由。法起寺より慈光院に至るまでは長き道のりなり。途中くたびれて、幾度か腰を下ろしたき気分になりぬ。

  (斑鳩の里を行く)
  くたびれて道ばたにふとたたずめば思はずやさしコスモスの花

慈光院に着きたる時分には疲労極限に達せり。されど抹茶を馳走せられ、庭園を眺めをるうち気分蘇りたり。時恰も三時半。いま一箇所くらゐ訪ねてみんと思ひ、路上タクシーの通りがかるを待ちしが、いくら待てども来ざる故、仕方なく四時頃通りがかりたる奈良行きのバスに乗り、旅館に戻る。途次薬師寺の前を通り過ぎたる際、降りて見物せんとも思ひしかど、己が身の疲労の度合を考へ合はせ、見送りたり。

帰館後暫く休養を取り、七時頃、東向通りの居酒屋に赴きて夕餉をなす。帰途再度、件の場所にて小学生の群に出会ふ。そのうちの一団と話をしながら宿に戻る。聞けば、彼らは岐阜県下の小学校の生徒にて、一泊二日の日程にてこの地へ修学旅行に来れる由。しかして、今日は京都の二条城、金閣寺、宇治の平等院などを見学しました、明日は奈良公園と法隆寺を見る予定ですといふ。

この日も一日、方々にて修学旅行中の子どもらに遭遇し、旅の気分を破らるる






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