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乞食大燈像:白隠の禅画




日本の臨済宗では、日本臨済宗の発展に尽力した三人の僧を祖師として尊重している。大應国師・南浦紹明、大燈国師・宗峰妙超、関山国師・慧玄である。大應国師は、鎌倉時代に中国から日本に渡ってきて、崇福寺の開山となり、大燈国師は、大應国師の法を継いで大徳寺の開山となり、関山国師は、前二者の法を継いで妙心寺の開山となった。この三人を臨済宗では應燈関と称している。現在の臨済宗のすべての法統はみなこれにさかのぼるという。

白隠は、この三者の三副対をいくつか描いているほか、大燈国師を取り上げた絵も描いている。大燈国師には面白い逸話があり、絵にしやすかったからだろう。その逸話とは次のようなものだ。大燈国師は国師の印可を受けたあとでも、修行のために身をやつし、五條の橋の下で乞食たちとともに暮していた。そのことを聞いた後醍醐天皇が、是非探し出せと命じたところ、本人の区別がなかなかつかない。そこで、国師が瓜好きだと聞いた役人が、橋の下に瓜を並べておびき出そうとしたところ、一人の乞食が現れた。それが大燈国師だったのである。法に仕える身でありながら、好物の瓜の誘惑には勝てなかったわけだ。

この絵は、乞食姿の大燈国師を描いている。左手で持ったズタ袋の中には瓜が入っているのだろう。右手の指でなにかの徴を作っているが、これがどういう意味なのか、よくわからない。

賛には「古人刻苦、光明必ず盛大なり、信ぜずんば、此の老漢を看取せよ、瓜を手なしにくりやるなら、成程足なして参ろう」とある。



これは顔の部分を拡大したもの。鋭い目が印象的な顔つきは、達磨像同様白隠自身の面影を移しているようだ。

(紙本墨画 131.8×56.4cm 永青文庫蔵)






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