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遠江山中:北斎富嶽三十六景




遠江山中とは、文字通り遠州の山の中という意味であろう。その山の中で、木挽き職人たちが材木を切り、そのおが屑を焼いて上ったらしい煙がたなびく彼方に、富士がのんびりとした姿を見せる。なかなかの勇壮さを感じさせる絵である。

この絵の構図上のポイントは、画面の左上から右下にかけて大胆に配置された材木だ。モチーフをこのように画面の対角線上に配置するやり方は、常州牛堀でも試みられているが、この絵の方がインパクトが大きい。しかも、これに煙の描く対角線が加わり、二本の対角線が交叉する形になっている。また、材木の下からは富士が覗くというように、洒落た工夫をしている。構図的に興味の尽きない絵と言えよう。

巨大な材木を相手に二人の男がのこぎりを挽いている。のこぎりは前挽といって、材木を縦に挽くものだ。二人のうち、一人は材木の上に乗って、のこを挽いているが、その様子は非常に危なっかしく見える。もう一人は、材木の下にもぐって、下側からのこを挽いている。製材の専門家に言わせれば、この絵にあるような挽き方はしないものだそうだ。材木はもっと地上に近く固定されるのが普通だし、したがって下からのこを挽くなどと言うことはないということらしい。

画面左手前には、別の男がのこぎりの目立てをしている。その男に向かって、子どもを背負った女がなにやら話しかけている。女が伸ばした右手の先には、男の子がぼんやりと膝を抱えて座っている。向う側から立ち上る煙を眺めているのだろう。

富士の周りには、面白い形をした雲の帯が巻きついている。これは、おが屑の煙とバランスをとるために、わざわざ描き入れたのだろう。

山中と言う割には、大きな木がないのが気になる。普通日本の山の中と言えば、杉とか雑木の類が鬱蒼と茂っているものだ。ところがこの絵には、灌木がいくらか描かれているだけで、高木は一本もない。







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