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紫式部日記絵巻:鎌倉時代の絵巻物 |
紫式部日記は、寛弘五年(1008)から同七年(1010)までの約二年間にわたる、紫式部の日記である。日記と言っても、日々綴られたものではなく、後で回想と言う形で書かれたようである。完成したのは、1010年中であったと考えられている。それから200年あまり先、13世紀の前半になって、この日記をもとにした絵巻物が作られた。 絵巻物は、日記のほぼ全文をカバーしたもので、当初の形は、十巻本、六十段の絵と詞書からなっていた。しかしその後多くの部分が散逸し、現在では四巻分が残っている。すなわち、蜂須賀本、藤田家本、旧森川家本、旧久松家本と呼ばれるものである。四巻合わせると、二十四段の絵と詞書からなる。 各画面は、一定の幅(21cm前後)の紙に絵と詞書とが交互に書かれている。絵の様式は、吹き抜き屋台による屋内描写、引き目鉤鼻による顔の表現、つくり絵の彩色法など、源氏物語絵巻の様式を踏襲している。 (紫式部日記絵巻、蜂須賀家本、第一段) これは、寛弘五年九月十三日、敦成親王誕生第三夜の産養を描いた場面。公家たちがお祝いのために集まってきて、土御門邸東の対の庇に列座している様子である。 (紫式部日記絵巻、藤田家本、第三段) これは、産養のために宮中から土御門邸にやってきた女房たちが、北門の前に集まっている様子を描いたもの。女車が二台と、車から解き放された牛と牛童が、それぞれカットされて一部だけ描かれている。このような手法は、この時代の絵としては、大胆な試みといえよう。 (紫式部日記絵巻、藤田家本、第五段) これは、皇子誕生後の天皇の行幸を控え、喜びに満ちた道長が、釣り殿の端に立って、新造させた龍頭の船を招きよせて検分する様子を描いている。紫式部絵巻の中で、もっとも有名な絵である。 (紫式部日記絵巻、旧森川家本第四段、現在は五島美術館蔵) これは、敦成親王誕生50日の様子を描いたもの。祝宴の後に、酔って女たちにたわむれる公家の様子。 |
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