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四季山水図(春):雪舟渡明中の水墨画




現在に伝わる雪舟の作品のうちもっとも早い時期に描かれたのは、東京国立博物館所蔵の「四季山水図」四幅である。この作品は、雪舟の渡明時代に北京で描かれたことが、落款や呆夫良心の「天開図画楼記」などからわかる。雪舟は、応仁元年(馬歯四十八)に渡民し、同三年(五十)に帰国したが、その間に北京でこれを描いたのである。

呆夫良心によれば、渡民した雪舟は中国人の間でも評判となり、その腕をかわれて礼部院中堂に揮毫し、この山水図四幅を描いたということらしい。各幅に、「日本禅人等楊」の落款と白文方印の「等楊」印があり、また「光沢王府珍元之章」なる鑑蔵印が押されている。おそらく北京で描いていったん中国人光沢の手に入り、のちに日本にもたらされたのだと思われる。

在民中の雪舟は、高名な中国人画家の画風をよく学んだ。とくに李在や長有声については、のちに名をあげて、これに倣ったといっている。この四季山水画四幅には、李在の絵の影響が見られると指摘される。

李在は、南宋院体画への復帰をめざす浙派と呼ばれる流派の代表的な画家だったが、この流派は技巧的で細部にこだわり、南宗画のもつ高踏的な雰囲気とは違ったものを感じさせる。それ故、李在に影響されたこの山水図にも、そうした技巧的で、うるさい雰囲気が見られるのはいたし方がない。ただ、東京国立博物館所蔵の李在の山水画と雪舟のこの作品とを比較すると、両者ともに煩雑さを感じる一方、雪舟の絵には、やや高踏的な雰囲気も感じられて、雪舟が盲目的に李在を模倣したのではないことが伝わってくる。

これは四季山水図四幅のうち「春景山水図」。景物を画面いっぱいに描き、余白をあまり残さない点は、李在の山水図とよく似ているが、李在のものが画面全体がごちゃごちゃと塗りつぶされている感じなのに対して、雪舟のこの絵には多少の余白も見られ、ややゆったりした印象が伝わってくる。



これは画面の上部。下部がほぼ全面景物で埋まっているのに対して、上部はこのように余白をできるだけ取り入れている。遠くの山を薄く描き、近くの山は明暗のめりはりをつけて描くことで、画面にダイナミックな変化をもたらしている。こうしためりはりの付け方は、李在の絵には見られないものだ。それは雪舟が、渡民以前に、周文流の山水画、つまり寂寞さを重んじる画風に学んだ成果が生きているのではないか。(絹本着色 149.2×75.4cm 東京国立博物館)







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