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隻履達磨:白隠の禅画




白隠は隻履達磨の像を数多く描いている。隻履達磨というのは、片方の履物だけを持った達磨のことである。それには達磨にまつわる伝説がある。達磨が中国で没した三年後のこと、西域を旅していた人が達磨に出会った。片方の靴だけを持っているので不思議に思い、訳を聞くと、これから生まれ故郷のインドに帰るのだとのみ答えた。その人が中国へ戻ったあと達磨の墓を暴いてみると、そこには達磨の遺体はなく、履物の片割れだけが残っていた。

この伝説が何を意味するのか、よくわからないところがあるが、達磨が生前厳しい修行のために、四肢が腐ってしまったという伝説とともに、広く流布していたものだ。白隠はそれを禅画に取り入れて、教化の資としたわけだ。

これは、信州の臨済宗寺院龍獄寺に伝わる隻履達磨像。片方の履物だけを持った達磨がヌッと現れ、こちらをにらんでいる。いきなりこんな顔と出会ったら、どんなに肝の太い人でも消え入るほどにびっくりするだろう。達磨の左右の目が、著しくバランスを欠いているように見えるのは、白隠自身の斜視を反映しているのだと考えられている。

賛には「嗟君未到金陵日寡婦掃眉坐緑氈君既到金陵城後慈烏失母咽寒煙」とある。君つまり達磨が金陵にやってこなかった時には、寡婦は化粧して緑氈に座し、夫の来るのを待ちわびていた。達磨がやって来た後には、孝行烏が母を失って、寒煙に咽び泣いている、という意味だ。



これは顔の部分を拡大したもの。薄墨で輪郭を描き、淡彩で彩色した上で、目と耳輪を強調している。達磨の表情からして、最晩年に近い頃の作品と考えられる。

(紙本墨画淡彩 190.0×107.7cm 長野県、龍獄寺蔵)






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