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与謝蕪村の絵画世界:作品の鑑賞と解説


与謝蕪村は、池大雅と並び称される文人画の巨匠である。ほぼ同時代人で、共同して「十便十宜図」を制作したりもしている。池大雅は画家として、また書家として活躍したが、与謝蕪村は、画と書のほか、俳諧師としても活躍した。子規が蕪村を高く評価して以来、与謝蕪村は、松尾芭蕉と並び称されるような俳句の巨匠と目されるようになった。

与謝蕪村自身は、俳句は余技であって、本業は画だと思っていたらしい。どちらが蕪村の生業を主に支えたか、よくはわからないが、どちらか一つだけでも彼の生業を支えるには十分だったろうと思う。画師としても俳諧師としても、蕪村は当代一の名人と受け取られていたからだ。

与謝蕪村と池大雅とを比較すると、画の技術ではあきらかに大雅が上であるが、蕪村の画には大雅には見られない風雅が感じられる。俳諧の精神が彼の画を独特のものにしているのだろう。じっさいその洒脱な画風は「俳画」と呼ばれたりもする。「俳画」とは俳諧に遊ぶ画という意味であるが、別に特定の俳句を賛がわりに記し、それをイメージ化した図を添えたものを「俳画」と呼ぶこともある。蕪村自身、自分の作った俳句に絵を添えたものを作っている。

与謝蕪村はまず俳諧師として名をあげ、そのついでに俳画といわれるものを手がけ、やがて本格的な絵を描くようになっていった、というのが実態だと思う。蕪村の名声の大本は俳諧師としてのもので、画はそのかたわらに楽しむ余技のようなものだったのではないか。だが、画人としての名声が高まるにつれて、本人も次第に自分の本業は画だと思うようになったのではないか。

その蕪村を、一流の画家として認めてくれたのが池大雅だった。大雅は自分自身一生の仕事として考えた「十便十宜図」の画帳作りのパートナーに蕪村を選んだのである。その池大雅と比べると、与謝蕪村の画はやや幼稚さを感じさせる。だがその幼稚さのようなものが、現代人の感覚からすれば、斬新に見える。与謝蕪村には、時代に先んじたというところがあるのだ。

池大雅同様、与謝蕪村も書を好んだ。書のほうも、大雅のほうが格上に見られている。じっさい、明治の中頃までは、蕪村の書に注目するものは全くといってよいほどいなかったのである。だが、画の奔放さと同じような奔放さが、現代人には高く評価されるようになり、今日では、蕪村は書の大家としても位置づけられている。

ここではそんな与謝蕪村の業績のうち、もっぱら画業にかかわるものに的を絞り、蕪村の絵の代表作について、鑑賞の上適宜解説・批評を加えたい。



山水図屏風:与謝蕪村の世界
倣銭貢山水図:蕪村の世界
蕪村の動物画
蘇鉄図屏風:蕪村の世界
四季山水図(春夏):蕪村の山水画
四季山水図(秋冬):蕪村の山水画
闇夜漁舟図:蕪村の世界
山野行楽図屏風:蕪村の世界
新緑杜鵑図:蕪村の世界
竹渓訪隠図:蕪村の世界
新樹郊行図:蕪村の世界
竹林茅屋・柳蔭騎路図屏風:蕪村の世界
夜色楼台図:蕪村の世界
峨眉露頂図巻:蕪村の世界
富嶽列松図:蕪村の世界
鳶図:蕪村の世界
烏図:蕪村の世界
銀地山水図屏風:蕪村の世界




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