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池大雅の世界:作品の鑑賞と解説


池大雅は文人画の巨匠である。文人画はもともと中国で始まり、室町時代に日本に伝わったが(南宋画という形で)、日本で本格的な展開を見せるのは徳川時代中期以降である。池大雅はその最高峰と位置付けられている。文人画は、中国では士大夫の教養とされ、日本でも武士がたしなむものとされた。池大雅自身は代々農家の家に生まれたが、父親は京都銀座の下級役人を努めたことがあって、武家の気風にいくばくかなじんでいた可能性はある。

池大雅は、まず書の方面で才能をあらわした。七歳のとき、黄檗宗寺院万福寺で書を披露し、大いに感心されたという。後年の大雅の絵には、流麗な書で賛を加えたものが多い。その後、絵も手がけるようになり、母とともに京都市内に扇屋を経営して、扇の絵付けなどを行い生計の足しにした。池大雅の画業は、家計を助けるためにはじめられたわけである。

十六歳の時に、柳沢淇園の知己を得て、絵の修行を受けた。淇園は南画を得意とした。その淇園から南画の基本を学んだほか、琳派からも技法をとりいれたらしい。池大雅の絵には、琳派の影響も指摘できるのである。

二十代なかばには画家として独り立ちした。二十六歳の時には、木村蒹葭堂を門人にしている。二十代の傑作として「赤壁両遊図屏風」がある。これは蘇軾の有名な赤壁譜前後二編を絵画化したものである。大雅はこのモチーフを非常に好み、後にたびたび手がけている。

池大雅の画風の特徴として、真景図の多いことがあげられる。大雅は旅が好きで、各地に旅しては、真景を絵にした。真景といっても、写実的に描いているわけではなく、南画風に作り変えて描いている。また、琳派風の装飾感を感じさせるものもある。「日本名所十二景図」は、大雅の真景図の面目をよく示したものである。そこには、景色のもつ雰囲気に応じて、さまざまな筆法が用いられている。

池大雅が筆法の採用に柔軟だったのは、特定の流派に属さず、自分好みのさまざまな技法を自在に取り入れたためであろう。かれは文人たることを意識していたようだが、基本的には町人であって、したがって堅苦しい流儀とは無縁であった。そうした自由さが、奔放ともいえる自在な姿勢を大雅にとらせたのであろう。

池大雅の画業としてとくに有名なのは、与謝蕪村との合作「十便十宜図」である。これは画帳形式で、画帳そのものが国宝指定されている。

ここではそんな池大雅の代表的な作品を取り上げながら、鑑賞のうえ適宜解説・批評を加えたい。なお、「十便十宜図」は別途項目をたてて取り上げることにする。



風雨起龍図:池大雅の世界
赤壁両遊図屏風:池大雅の世界
陸奥奇勝図巻:池大雅の世界
楽志論図巻:池大雅の世界
指墨幽渓釣艇図:池大雅の世界
浅間山真景図:池大雅の世界
林外望湖図:池大雅の世界
峡中桟道図:池大雅の世界
龍山勝会図屏風:池大雅の世界
蘭亭修禊図屏風:池大雅の世界
西湖春景図屏風:池大雅の世界
銭塘観潮図屏風:池大雅の世界
岳陽楼図屏風:池大雅の世界
酔翁亭図屏風:池大雅の世界
山中雅会図:池大雅の世界
白雲紅樹図:池大雅の世界
倣王摩詰漁楽図:池大雅の世界
柳下童子図屏風:池大雅の世界
洞庭赤壁図巻:池大雅の世界
五百羅漢図:池大雅の世界
瀟湘八景図屏風:池大雅の世界
小島湾真景図:池大雅の世界




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