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相州梅澤左、駿州江尻:北斎富嶽三十六景



(相州梅澤左)

相州梅澤は、東海道の宿場町で大磯と小田原の間にあった。名にあるとおり、梅が名物だった。しかしこの絵の中には梅は描かれていない。描かれているのは鶴だ。富士をバックにして、地上には5羽の鶴が身を休め、2羽の鶴が飛んでいる。このように、鶴と富士とを組み合わせた図柄は、正月の縁起物として重宝されたので、北斎もこの絵を、正月用のお年玉として描いたのかもしれない。

富士の麓には、霞の間から裾野の光景が広がっているように描かれている。地上の5羽の鶴も、あたかも霞の上に乗っているような印象を与える。全体的に、めでたさの漂う長閑な眺めだ。

なお、梅澤左の左は、庄あるいは荘の誤彫ではないかと言われている。


(駿州江尻)

駿州江尻は、今の静岡市にあった東海道の宿場町。北斎は何故か、突風の吹き渡るところとして描いている。画面の中のさまざまなもの、大勢の人や二本の木立が風のために難儀している一方、富士だけが悠然と不動の姿勢を保っている、そのコントラストの面白さが伝わって来る。

画面左手前の頭巾をかぶった人物からは、夥しい数の懐紙が飛び出し、風に舞い上がっている。その右手の男は、被っている傘を風に飛ばされまいと必死になって抑えている。さらにその右手の男は、傘を風に飛ばされ、手を挙げてその行方を追っている。その男の行く手には、半身になって尻を突き出し、両手で傘を抑えている男がいる。その男が尻を突き出している先には、川の入り江らしいものがある。入り江の江と尻を組み合わせると江尻になる。北斎一流のユーモアだ。

背景に聳える富士は、一筆書きの線描だ。このように線だけで富士を描いたのは、北斎の外にはないのではないか。







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