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北斎百物語(一):さらやしき、お岩さん |
北斎は、「富岳三十六景」と並行する形で妖怪画シリーズ「百物語」を、天保二年頃に刊行している。百物語というのは、徳川時代に流行った怪談話のスタイルで、夏の夜長に、人々が交代で怪談を話し、百話終った時点で本物のお化けが出てくるという趣向だった。 北斎も、この百物語の趣向にならって、百話の怪談を浮世絵にするつもりだったらしいが、実際に伝わっているのは五話分だけである。しかし、どの話も、当時有名なお化けの話だった。江戸の人々はそれを見て、本体の怪談を思い出したに違いない。 (さらやしき) 「さらやしき」は、当時人気の怪談話「番町皿屋敷」をテーマにしたものだ。皿を割ったために主人から手打ちにされた女中のお菊が、井戸の底から皿の数を数えながら、主人に化けて出るというもので、その時に数える「いちまーい、にまーい」という声が、怪談の聞かせどころ・見せ所となっていた。 この絵は、そのお菊が井戸の底から出てくる場面を描いたものだ。井戸から顔を出したお菊が口から煙のようなものを吐いているが、これはため息だろうか。この時のお菊は、恨みの塊だったはずだが、この絵をよく見ると、そんなにうらめしそうな表情には見えない。むしろ、ユーモラスである。 お菊の首の部分は、これもよく見ると、サラを重ねたようになっている。北斎一流の洒落だろう。 (お岩さん) 鶴屋南北の狂言「四谷怪談」は、怪談話のチャンピオンと言ってもよく、徳川時代から昭和時代にかけて、絶大な人気を誇った。夫に殺された貞女のお岩さんが、夜な夜なお化けとなって夫の前にあらわれ、「うらめしやー」と、呪いの言葉を浴びせる。この声を聞けば、夫の伊右衛門ばかりでなく、見ている観客の方も肝を冷やしたものだ。 この絵の中のお岩さんは、どう見ても人を怖がらせる顔つきではない。 |
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