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月に狼:河鍋暁斎の怪異画




人間の生首をくわえた狼が、満月のかすかな光を踏みながら岩を伝って歩く、なんとも言えないすさまじさを感じさせる絵だ。暁斎は妖怪とか幽霊を多数描いたが、このようなすさまじい図柄の絵はそうはない。その意味で、暁斎の作品の中でも出色のものと言える。

満月の夜に狼が出没する話は、世界中に分布しているが、日本でもそのような伝説があったものと見える。暁斎はおそらくそうした伝説を考慮しながらこの絵を描いたのだと思う。狼への恐怖心が高まって、人間の生首をくわえさせたのであろう。

画面は全体としてあっさりと彩色されているが、狼の表情と人間の生首は非常にリアルに描かれている。そうすることで、見る者の視線をその部分に集中させようというわけである。

暁斎は実際に人間の生首や狼の姿を見たと回想録「暁斎画談」の中に書いている。それによれば、九歳の時に、大雨のあとで神田川に浮かんでいた生首を拾ってきて熱心に写生したそうである。また慶應元年(1865)、満年齢34歳の年に信州を遊歴した際、山中で狼を見たと書いてある。暁斎は特別の記憶力を持っていたので、その際に焼き付いたイメージを終生心中に保存していて、それを必要な時に再現することができた。この絵も、そうしたイメージに基づいて描いたのだと思われる。



これは生首をくわえた狼の部分を拡大したもの。生首が非常にリアルに描かれている。眼前に生首を凝視した者でなければ描けない迫真性を感じさせる。

(掛軸 絹本着色 124.7×55.7㎝ 河鍋暁斎記念美術館)





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