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雲のある自画像:萬鉄五郎の世界




「雲のある自画像」を、鉄五郎は1912年に二点制作している。先のものは、ややリアルな画風で、二つの雲を頭上に漂わせた鉄五郎が、穏やかな表情で描かれている。この作品では、鉄五郎は非常に深刻な表情に描かれ、頭上の雲はキリストの光冠を思わせる。

「赤い目の自画像」とは違って、キュビズム風の工夫は見られない。キュビズムは極度に形式的だったが、この絵には精神的な雰囲気が感じられる。その雰囲気をもとに、ドイツの表現主義やノルウェーのムンクの影響を指摘する者もいる。

真っ黒に塗りつぶされた背後の空間から、男の半身がニュっと現れている。暗黒の闇から突然現れた幽霊の如くである。その幽霊が、なにかを思いつめたような、憂い顔をしている。幽霊にも憂いがあるのかとびっくりさせられるところだ。

鉄五郎が自画像にこだわったのはゴッホの影響かもしれない。ゴッホは、折につけて自画像を手掛け、そのたびに新しい表現を模索した。自分自身が自分の美的実験の検体となっていたわけだ。鉄五郎も自分を検体にして、美的な実験をかさねたのであろう。

(1912年 カンバスに油彩 61×45㎝ 岩手県立博物館)




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