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妙心寺、法金剛院:京都観庭記続編その六



(妙心寺 桂春院)

食後天龍寺の塔頭宝厳院に赴くも、門を閉ざしてあり。しかして何らの表示もなさず。定休日なるや長期間の休止なるやを知るあたはず。

嵐山電鉄の一両建て車両に乗り、帷子の辻にて乗り換へ、妙心寺にて下車。そこより妙心寺門前までは二丁ほどの行程なり。北門をくぐってまず桂春院を訪ふ。途中道の片側に仕舞屋の連なるを見る。寺域の一角に寺に縁のある者を住まはしむと覚えたり。この寺は広大な敷地内に数多くの塔頭連なり、単独の寺というよりは寺院群の集合体の如き印象を与ふるなり。禅寺としては、日本最大の規模を誇り、管下末寺の数は他を圧倒する由なり。

桂春院は、慶長八年(1598)に織田信忠の次男津田秀則により見性院として創建せられて後、寛永9年(1632)に美濃の豪族石河貞政によって現在の形に再建され桂春院と命名せらる。庭園はその折の姿を今に伝ふるといふ。方丈を囲んでそれぞれ特徴ある庭を配し、南側を真如の庭(上の写真)、東側を思惟の庭、北側の坪庭を清浄の庭と呼ぶ。


(退蔵院 元信の庭)

続いて退蔵院を訪ふ。応永十一年(1404)建立になる山内屈指の古刹なり。妙心寺南門を潜ってすぐ左手、本堂の傍らにあり。これ自体が大規模な寺院にして、二つの庭園を有す。そのひとつ元信の庭は、その名の通り絵師狩野元信の作庭にして室町時代の庭なり。もうひとつの庭は余香苑といひ、昭和の名園に数へらる。


(法金剛院)

南門を出て参道を歩き、JR花園駅前をよぎりて、法金剛院を訪ふ。平安時代創建の古い寺にて、庭も平安時代の遺構をとどめる由なり。なかにも青女の滝は、石立の僧林賢、静意の作にして巨大な石を組みあはせし雄大な結構なり。

諸仏のほか、秘仏の阿弥陀如来像も見る。こちらは堂内に安置せる仏像をガラス越しに見るなり。

花園駅よりJR電車に乗り、二時半過京都駅に戻る。駅構内の伊勢丹デパートの地下専門店街にて、家人に頼まれたる土産を求む。阿闍梨と茶の果なり。どちらも人気の商品にて、駅ビルの土産物店にてはなかなか手に入らず。これまで何度か買ひ求めんとしてそのたびに売り切れてあり。この日は、直営店にしてしかも時間も早ければ、買ふことを得たり。ただし長蛇の行列に並びたり。人気のほどを知るべし。たかが菓子と侮るなかれ。

三時過ホテルに戻り、ロビー傍らのラウンジにてコーヒーを飲んで後部屋に入る。その後しばし仮眠して、明日の予定を組む。事前の日程は今日を以て終了し、明日は一日白紙の状態なれば、さてどこで時間をつぶさんかと思ひ悩むなり。南禅寺を訪はんと決す。

六時半頃ホテルを出で、京都タワーホテル地下の中華料理屋にて夕餉をなす。ここはいつぞやの奈良の中華料理屋とは異なり、一人客を相手にもコース料理を出すなり。

晩間ウィスキーを舐めつつ日記を整理すること毎日の如し。







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