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昌平橋聖堂神田川、水道橋駿河台、広重の名所江戸百景



(47景 昌平橋聖堂神田川)

神田川は当初日本橋川に合流していたが、洪水対策のため、浅草方面へ流れるように付け替えられた。その際に、神田山と呼ばれた台地(いまの駿河台)を掘削し、御茶ノ水あたりに谷間の地形が出来た。この谷間は小赤壁とか、茗渓とか呼ばれるようになった。

昌平橋は、付近にある昌平黌にちなんだ名称で、ほぼ現在地と同じ場所にかけられた。この橋をわたった北側の斜面に沿って(いまは中央線の線路沿いになっている)、昌平黌の建物があった。ここは幕府の学問所で、儒学研究の拠点でもあり、境内には孔子像がある。

この絵は、昌平橋の南側から、昌平黌方面を眺めた構図。神田川には何艘かの舟が浮かんでいるが、これらは物流を担った船であろう。絵は、雨のそぼ降る神田川の景観を情緒豊かに描いている。


(48景 水道橋駿河台)

水道橋の名は、この橋のやや下流に神田上水の掛樋が渡されていたことにもとづくもので、この橋自体に水道施設があったわけではない。いまある水道橋は、当初より下流に移転したといわれるので、そのあたりに掛樋がわたされていたものであろう。

この絵は、神田川の北側、本郷側より駿河台方面を眺めた構図。駿河台の地名は、このあたりに駿河武士が住んでいたことから来ているようだが、富士がよく見えることも関係しているようだ。

画面手前に大きな鯉のぼりが描かれ、それが遠景の富士と大きなコントラストを演出している。これもまた広重得意の構図だ。





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