日 本 の 美 術
HOMEブログ本館日本文化美術批評東京を描く水彩画 | プロフィール掲示板



富岡鉄斎の世界


富岡鉄斎は、最後の文人画家と呼ばれる。もっとも本人には画家としての自覚は薄く、画は文人の余技と考えていた。とはいえ、生涯に残した作品は、スケッチ類や下絵を含めると一万点を超える。人から請われると、気さくに応じて描いて与えたというから、そんな膨大な数になったのだろう。その点では、やはり求めに応じて膨大な作品を残した白隠和尚に似ている。

鉄斎は、晩年のある画賛に、「余の画は師承するところなし。ただ意に従ってこれを造る」とあるとおり、既成の画壇とは距離を置き、自己流的なところが強い。かならずしも職業画家に師事しなかったというわけではない。二十歳前に、窪田雪鷹や浮田一恵といった南画や大和絵の画師に師事している。ただそれらの画風には染まらず、独自の境地をあみ出した。鉄斎の画風は、他に例を見ない独特のもので、その独特さが、近代的だと評価されている。とくに人物の描き方はユニークで、写生を無視した、漫画的なイメージを感じさせる。鉄斎は大津絵を愛したといわれ、大津絵の漫画精神を受け継いだと指摘できる。

文人としての鉄斎は、儒教を中心として仏教や神道にも造詣が深かった。神道については、四十歳代に大和石上神社や和泉大鳥神社の神官を勤め、荒廃した神殿の復興に尽力した。

鉄斎は天保七年(1836)、京都の法衣商の家に生まれた。この家は代々石田心学を家学としており、鉄斎も子どもの頃から心学に親しむ一方、心学のお家流書道を身につけた。鉄斎の画には、だいたい賛が付されており、自分ではかならず賛を読んでから画を鑑賞してもらいたいとかねがね言っていたが、この賛はお家流の書道で書かれているのである。

丁度幕末の動乱期に成人したので、鉄斎も世の中の動きに敏感だった。梅田雲浜はじめ勤皇の志士達との付き合いもあった。だから安政の大獄で梅田らが弾圧されると、難を逃れて北陸方面に逐電した。

少年時代から、歌人の太田垣蓮月に可愛がられ、老いた蓮月の身の回りの世話をしていた。鉄斎はこの蓮月から大きな影響を受けたようである。鉄斎は二十七歳のときに京都聖護院村に学塾を開くのだが、これは蓮月の旧居であった。慶応三年(1867)に刊行された「平安人物誌」の中に、鉄斎は儒家の詩人として記載されているので、若くして儒者としての名声を獲得したわけである。

その慶応三年に、画家中島華陽の娘タツと結婚(後に死別)。生活費をかせぐために、画を売るようになった。もっとも本人には画家としての自覚は薄く、あくまでも文人としての余技と考えていた。

明治維新は、勤皇家としての鉄斎に出世のチャンスとなったはずだが、鉄斎はそのチャンスを積極的には生かさず、せいぜい神道の振興につとめた程度だった。四十歳代に神官となったのは、勤皇家としてのこだわりからだろう。その神官の職も、明治十四年(1881)に辞している。その年、兄が死んだので、老母の世話をするために実家に戻ったのである。以来鉄斎は死ぬまで実家にあって、市井の人として生涯を過ごすことになる。

鉄斎は画家としては自覚していなかったが、画壇とのつながりがなかったわけではない。明治十九年(1886)に京都青年絵画研究会の学士審査員となったのを手始めに、京都の画壇とかかわりをもった。もっともそれは、画家としてよりは有識者としての立場からであり、したがって鉄斎はそれらの催す展覧会に作品を出展したことはなかった。

それでも、ユニークな画風の鉄斎の作品は人気を集め、一部に熱心なファンを得た。また政府からの依頼をうけて、「阿倍仲麻呂明州望月図、群仙高会図」双幅を作成したりもした。画集の発行や個展の開催も行い、次第に高名な画家としての名声を獲得していった。

鉄斎は、満八十八歳の高齢まで生きた。そして死ぬ三日前まで大作に取り組む元気を見せた。鉄斎は実に精力的で、加齢をものとせず、かえって加齢するほどに画境が深まっていったのである。ここではそんな富岡鉄斎の代表的な作品を取り上げ、鑑賞のうえ適宜解説・批評を加えたい。



越渓観楓図:富岡鉄斎の世界
漁楽図:富岡鉄斎の世界
通天紅葉図:富岡鉄斎の世界
白衣観音図:富岡鉄斎の世界
天窟神楽図:富岡鉄斎の世界
旧蝦夷風俗図:富岡鉄斎の世界
富士遠望図:富岡鉄斎の世界
寒霞渓図:富岡鉄斎の世界
梅華図双幅:富岡鉄斎
葛僊移居図:富岡鉄斎の世界
会稽清趣図:富岡鉄斎の世界
擬土佐又平筆法遊技人物図:富岡鉄斎の世界
阿倍仲麻呂明州望月図:富岡鉄斎の世界
円通大師呉門隠棲図:富岡鉄斎の世界
東方朔捧桃図:富岡鉄斎の世界
碧桃寿鳥図:富岡鉄斎の世界
大江捕魚図:富岡鉄斎の世界
寄情丘壑図:富岡鉄斎の世界
東坡帰院図:富岡鉄斎の世界
東瀛仙苑図:富岡鉄斎の世界
古仏龕図:富岡鉄斎の世界
三老吸酢図:富岡鉄斎の世界
網川蕉雪図:富岡鉄斎の世界
教祖渡海図:富岡鉄斎の世界
群仙祝寿図:富岡鉄斎の世界
前赤壁図:富岡鉄斎の世界
心遊仙境図:富岡鉄斎
西王母像:富岡鉄斎の世界
貽咲墨戯から円通幽栖:富岡鉄斎の世界
普陀落山観世音菩薩像:富岡鉄斎の世界
瀛洲僊境図:富岡鉄斎の世界




HOME








作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2013-2021
このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである